「夫婦」のデフォ

★日本語「デフォルト」

 

 

 

 

さてさて

ピンボケが標準仕様の、このブログ、

写真も記事も迷走しそうですけれど、

2019年1本めの日本語バナシは、

「デフォルト」です。

 

 

まずは、こちらをご覧ください。

ここ数年、暮れになるとやたら目につく、

「ふるさと納税」のお誘いです。

 

P1330365.JPG

 

12月末日までの寄付が

節税に効果的ですよ、という話。

実質2,000円で、

お得な「お礼」がもらえちゃいます、と。

 

 

これはもはや寄付とは呼べないし、

「節税」って、ことば自体がおかしくない?

ワタシは清く正しき納税者でありたいぞ、

――と思いつつ、つい、欲に負けて、

オリオンビールを「買って」しまいました。

デヘ......

 

 

そんな人間ですので、

この制度を批判する資格はありませんし、

するつもりもありません。

 

 

が、日本語教師としてですね、

こちらの表のある文言に

どうにも引っかかったのでした。

 

PC180011.JPG

 

「実質2,000円」におさめるためには、

寄付金額に上限がある。

そして、それは世帯の年間収入によって違う。

それを知るための早見表です。

 

 

気になったのは、

この、世帯の種別の欄です。

 

PC180012.JPG

 

「独身又は共働き」/「夫婦」

とありますね。

 

 

私が引っかかったのは、ここ。

 

共働き」/「夫婦

 

「共働き」と「夫婦」が対照項目になっている。

変でしょう?

変ですよね?

 

 

つねづねタダシイ日本語なんてない、

適切かどうかだけが問題だ、

と主張しているつもりですけれども、

この手の表の場合は、別です。

 

 

ルールや法制の説明は、

どんな立場の人がどう読んでも

すっと理解できるものでなければなりません。

そういうのは、正しい日本語でお願いしたい。

 


ふるさと納税の所管は総務省であるらしいので、

念のために、そちらのサイトも確認したところ、

「共働き」と「夫婦」の項目には
ちゃんと注釈がついていました。

 

 

「共働き」は、ふるさと納税を行う方本人が配偶者(特別)控除の適用を受けていないケースを指します。

「夫婦」は、ふるさと納税を行う方の配偶者に収入がないケースを指します。

総務省「ふるさと納税ポータルサイト」

 

 

ふむ。

配偶者に収入があるかないか、ってことですよね?

つまり「夫婦」に2種類あるといってるわけですね?

だとすれば、

それは「○○夫婦」と「△△夫婦」であるべきです。

「○○」と「夫婦」を対照させるのは、変です。

 

 

すなわち、正しい書き方は、

この場合こうなるはずです。

 

共働き夫婦」/「片働き夫婦

 

 

表はさらに続いていて、

子の有無・年齢の例も挙げられています。

 

「共働き+子1人」

「夫婦+子1人」

 

 

ここでも「共働き」と「夫婦」が

まるで反対語のように並んでいる。

 

 

考えるまでもなく

「独身+子」

という世帯もあるわけですし、

ゆくゆく同性婚が認められれば

「夫+婦」という単語自体がそぐわない事例も

当たり前に出てくるでしょう。

もしかしたら「親」が3人いる世帯もアリかも。

 

 

そのあたりのことは今は脇に置いといて

現時点におけるフツーの夫婦観で見たとしても、

「夫婦」と「共働き」を横に並べるのは

まず日本語としておかしいと思います。

「共働き」が「共働き夫婦」の略だとしても、

上位語と下位語を同位に並べることになるからです。

 

 

つぎに、法や制度の説明において

このような単語の配列を許すことは、

理念として間違っている、と思います。

 

 

なぜなら、これは、

「片働き夫婦」をデフォルト扱いすることだから。

男と女が結婚して家庭を作って

その片方(ま、男でしょうな)だけが働いている、

わが国はそういう家庭像を標準扱いします、と

社会に宣言していることになるからです。

 

 

 

 

つい先日、ネットをウロウロしていて

デフォのラーメン」という表現を見つけました。

麺の太さや茹で具合、スープの濃淡などに

とくに注文をつけず、またトッピングも加えない、

その店で基本形として供されるラーメン、

という意味であるらしい。

 

 

なるほど~。

 

 

何でもかんでもカタカナにするのはよくないけど、

「ふつうのラーメン」という言い方だと、

大盛りじゃなくて並盛りってこと?とか、

味噌や豚骨じゃなくて醤油味ね?とか、

ずれた解釈をされてしまうかもしれません。

「特別な注文をつけない基本のラーメン」

と言いたいとき、

「デフォ」はたしかに便利かも、と思いました。

 

 

言語学にも、似たような考え方があります。

2つの対立項があったとき、

その違いを生むシルシがついている方を有標

シルシのついていない方を無標と呼びます。

つまり、「デフォルト」が「無標」です。

ごく平たくいってしまえば、

フツーが「無標」、トクベツが「有標」です。

 

 

たとえば、ほとんどの言語において、

肯定は無標で、否定は有標です。

「飲む」に比べて「飲まない」は長い。

「可能」に比べて「可能」は長い。

また、単数は無標で、複数は有標です。

'the cat' に比べて 'the cats' は長い。

 

 

意味がフツーのものは、形も短く単純。

意味がトクベツのものは、形も長く複雑。

トクベツを表すときは、

フツーに何かがくっついた形になるのです。

デフォじゃないラーメンを注文するとき、

「メンカタ、脂マシマシ!」と付け足すように。

 

 

ことは言語外の世界にも関わってきます。

典型的なのが、ジェンダーをめぐるあれこれ。

「女流棋士」、「理系女子」、「女子アナ」......

「男流○○」「男子アナ」だのとは言わないのにね。

語の上で、女であることが有標になっている、

シルシつきになっています。

つまりはトクベツ扱いされているということです。

 

 

**

 

 

話を戻します。

制度の説明として世帯の形態例を並べる表では、

「片働き夫婦」にも「共働き夫婦」にも

同じようにシルシをつけるべきです。

略すとすれば「片働き」と「共働き」にすべきです。

 

 

一方だけを無標で表示することは、

それをフツーだと認識し、そう広言することです。

一方だけを有標で表示することは、

それをトクベツだ、標準じゃない、

と言っているのと同じことです。

 

 

やれ多様性だダイバーシティだと謳いながら、

「片働き男女のペア」だけを「夫婦」と呼ぶ

こんなことをやっていてはいかんと思います。

 

 

 

灰色しましま女流カワイイ猫!

 

 

 

ウリは

思いっきり有標よ!

 

 


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※前回の記事()に対して、

 いろいろなコメントをお寄せいただき、

 ありがとうございました。

 わかるけど自分では使わない、という方が

 まだまだ多そうではありますが、

 「普通/一般/標準」という意味の「デフォ」、

 順調に定着しつつあると見てよさそうですね。

 

 そうそう、三省堂国語辞典の用例も、

 ラーメンがらみでした。

 IT業界にはラーメン好きが多いに違いない!

コメント

『日本語びいき』を呼んでいるみたいで
興味深く読ませていただきました。
すぐに「共働き」と「夫婦」の分け方?表現が変だな…
と思っても,きっと私は注釈を読んで
「あぁそういう区別」と読み進めてしまいます ;
おばさまの日本語バナシを読んだら,確かにこれって
おかしいし,何だか失礼な感じもします。

  • ж∫цж
  • 2019/01/09 14:26

わが意を得たりと膝を打つ!
「夫が育児を手伝ってくれるので」という類いの言葉を
聞くやいなや頭の中で警鐘が鳴っちゃうわたくし、
深くうなずきました。

このチラシを受け取る側に、
この手の「理念として間違っている」概念を
するりと受け入れる土壌が広くある限り、
根本的に改善される期待はまだ薄いとだいぶ悲観的におります。

女流しましま猫さんとおばさまのこうした問題提起から、
少しずつ固まった概念が揉まれて揉まれて揉まれて、
やがては無条件に違和感を感じるヒトが増えていくのでありましょう。
ありがとうございます!

30年も前からダイバーシティーのるつぼみたいなギョーカイにいるので、
ジブンにとって普通となっていることが
まだまだ一般的には普通ではないことに気づいて、
意外なヒトの意外な言葉にびっくりすること多し……。

ところで、デフォは約されているだけで、
デフォルトと同じ使い方と考えていいんでしょうか?
見当違いな質問ですみません。

レスリングの吉田選手の引退を受けて
あるバラエティ番組で
「彼女には結婚して子どもを産んでほしい。
きっと旦那さんをしっかりと支えていけると思うし…」
と女性タレントさん(婆さんに非ず)がのたまったそうで、
がーん、女性がこれじゃあ相当に認識レベルは低いなぁと
深くため息をつきました。
片働きの夫婦がデフォなんて、いつの時代の認識かしらと
遠い目になりましたわよ。
ワタシがこの手のことを話題にしようとすると
すぐにアッツくなっちまうんで、おばさまのように
冷静に理路整然とお伝えいただけるのは、本当に有難いです。
これからもご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 藏ゆ
  • 2019/01/10 09:38


◇ж∫цжさん◇
いささか理屈っぽい書き方になってしまいましたが、そうでもしないと「アッタマ来た!」的な口調になりそうでしてね、必要以上にネチネチと解説してみました。この手の違和感は、たいせつにしたいし、できるだけ多くの方に、「変だよね!」と意識していただきたいと、僭越ながら思っております。

◇こてちさん◇
力強い膝打ちポンポン、ありがとうございます。めっちゃくちゃ変ですよね。まずことばとしていい加減すぎる!許せん!と思いました。そして、客観的中立的であるべきお役所の文書にあって、こういう無神経なことばづかいを看過してはならん!と義憤に燃えました次第です。こんなところで、地味に「洗脳」が進んでいるかと思うと、身悶えしてしまいます。

◇藏ゆさん◇
ありがとうございます。冷静に理路整然、のふりをしないと、とんでもない文章になりそうでしたの。もう、腹が立つったらありません。そして、そうなんです、私の身の回りでも、若い女性たちが、何の抵抗もなく、いやむしろ嬉々として、結婚と同時に「主人」の姓を名乗る状況に、抵抗感いっぱいです。抵抗を感じる方がフツーではないんだなあ、と思い知らされるようで、がっくりきます。

  • ニャンタのおば
  • 2019/01/12 11:21


◇こてちさん◇
あ、ご質問へのお返事を忘れておりました。語義によって「デフォ」と「デフォ(ー)ルト」が使い分けられているかどうかですが、それはなさそうな気がします。根拠は、......ありません。本気でコーパスを調べれば何かがわかるのでしょうけれど、すみません、そこまでの根性はなくて。

  • ニャンタのおば
  • 2019/01/12 11:26